大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和49年(ワ)947号 判決

昭和四九年(ワ)第一八六三号(原告)・昭和四九年(ワ)第九四七号(被告) 中川健二

昭和四九年(ワ)第一八六三号(被告)・昭和四九年(ワ)第九四七号(原告) 日本電信電話公社

訴訟代理人 岡崎真喜次 村中理祐 ほか四名

主文

一  昭和四九年(ワ)同第一、八六三号事件について。

原告中川健二の請求を棄却する。

二  昭和四九年(ワ)第九四七号事件について。

被告中川健二は原告日本電信電話公社に対し金一一一万八、〇〇〇円及び内金一〇九万二、〇〇〇円に対する昭和四九年二月一六日以降、内金二万六、〇〇〇円に対する昭和五〇年五月三〇日以降支払済までそれだれ年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は両事件を通じ全部昭和四九年(ワ)第一、八六三号事件原告、同年(ワ)第九四七号事件被告中川健二の負担とする。

四  本判決主文第二項は仮に執行することができる。

事実

以下、事実、理由欄を通じて昭和四九年(ワ)第一、八六三号事件原告、同年(ワ)第九四七号事件被告中川健二を単に原告と、同年(ワ)第一、八六三号事件被告、同年(ワ)第九四七号事件原告日本電信電話公社を単に被告という。

第一当事者の求めた裁判

一  昭和四九年(ワ)第一、八六三号事件について。

(一)  原告

1 原告が被告の従業員たる地位を有することを確認する。

2 被告は原告に対し金六、六七六、六四〇円並びに昭和五一年二月から本判決確定に至るまで一か月金一〇四、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

4 第二項につき仮執行宣言。

(二)  被告

1 主文第一項、第三項と同旨。

2 担保を条件とする仮執行免脱宣言。

二  昭和四九年(ワ)第九四七号事件について。

(一)  被告

1 主文第二、第三項と同旨。

2 仮執行宣言。

(二)  原告

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

(昭和四九年(ワ)第一、八六三号事件について)

一  請求原因

1  被告による原告の採用とその取消に至る経緯

(一) 原告は昭和四三年三月大阪府立箕面高等学校を卒業し、同年四月から同府立茨木工業高等学校定時制の事務職員として就職し、同四四年六月三〇日同校を退職した後、同年八月被告日本電信電話公社近畿電気通信局(以下近畿電通局という)の社員公募に応じ、同年九月七日一次試験(適性検査、一般教養筆記試験、作文)を受けてこれに合格し、同月二六日二次試験(面接試験、健康診断)を受け、その際府立箕面高校卒業証明書、同成績証明書、戸籍抄本、健康診断書を提出し、同年一〇月上旬身元調査があり、同年一一月一〇日頃、近畿電通局長名義の同年一一月八日付採用通知を受領した。

(二) 右採用通知には、(1)昭和四五年四月一日付で原告を採用すること、(2)大阪北地区管理部に原告を仮に配置し、別途管内の通勤可能な局所に正式に配置すること、(3)採用職種は機械職、身分は見習社員とすること、(4)入社前に再度健康診断を行い、異常があれば採用を取消すことがあること、(5)入社辞退する場合は速やかに被告所定の事務所あてに書面で連絡すること等が記載されていた。右通知書には身元保証書、誓約書各用紙および貸与被服の号型調査についてと題する書面が同封されていた。

(三) その後近畿電通局から原告に対し、次のような指示案内などがあり、原告においてこれに応ずる行為等をした。

(1) 原告は前記貸与被服の号型調査に応じ、所定期限の同年一二月二〇日までに被服号型報告表に必要事項を記載のうえ、近畿電通局長あてに送付した。

(2) 昭和四五年元旦に大阪北地区の管理部長から、四月からの原告の入社を歓迎する旨の年賀状が原告に届いた。

(3) 原告は同年二月三日付で同部長から「懇談会の御案内と諸行事のお知らせ」と題する書面の送付を受け、これに従つて大阪市中央公会堂で開かれた入社懇談会に出席し、出席者約四〇〇名とともに被告の事業内容について説明を受けるとともに、近畿電通局医務室において健康診断を受け、そのあとで他の二名とともに特に呼ばれて別室で係員から入社の心構え等について懇談を受けた。

(4) 更に原告は、三月中旬、右(3)項記載の書面による通知に従つて、入社前教育の一環として池田電報電話局につき見学をした。

(四) ところが、原告は、同年三月二一日に突然被告から、近畿電通局長名義をもつて、同月二〇日付で右採用を取消す旨の通知を受けた。

2  本件採用通知の法的性格

以上の事実経過によれば、原告が被告の社員公募に応じてその採用試験を受験したことが被告の見習社員となる労働契約締結の申込であり、被告が前記採用通知を発したことが、これに対する承諾の意思表示であり、原告が前記貸与被服号型表を被告に返送して入社の意思を被告に明確にした時点で、原被告間に労働契約(見習社員契約)が確定的に成立したと解すべきである。これを敷衍して述べると

(一) 右採用通知には採用内定などの文言を用いず端的に見習社員として採用する旨記載され、これに同封された前記貸与被服の号型調査についてと題する書面には明確に採用決定という文言が使用されてあつた。

(二) 右採用通知には前記のように採用後の身分、勤務場所、職種等の記載があり、既に公募の際被告が発行した社員募集案内には、採用後の給与として高卒男女とも一か月二六、〇〇〇円(概算)と記載されていたほか勤務時間、週休日等についても明記されてあつたし、公企業としての被告の性質からすれば、右の程度に労働条件が示されるならば、基本的労働条件は原告に明らかというべく、労働契約の成立に必要な労働条件の明示に欠くるところはないといわなければならない。

(三) 右採用通知には前記のように採用する旨の記載とともに入社を辞退する者は被告にその旨通知することを要請する記載があるが、これは、被告の承諾の意思表示は応募者の契約申込の意思が撤回されないことを前提とする趣旨であり、右承諾はその意味で一種の条件付意思表示といえるところ、被告は他方で同通知書に前記貸与被服の号型調査についてと題する書面を同封して所定期限までにその回答を求めており、原告がこれに応じて回答することにより被告に対する入社の意思を明示したものであるから、これにより原告と被告の間において見習社員契約が確定的に成立したというべきである。更に、原告は、前記のように被告の指示した入社懇談会に出席し、再度の健康診断も受診(その結果は異常なし)するなど原告の入社(契約締結)の意思は明確に示されているのであるから、この時点において、最終的に昭和四五年四月一日を始期とする期限付労働契約が成立したといえる。

(四) もつとも、右採用通知によると、昭和四五年四月一日付で採用するとあるけれども、それは労務の提供を開始する時期(履行義務もしくは効力の発生時期)を定めたものにすぎないと解され、また再度の健康診断で異常があれば取消す旨の記載は、右契約解除の条件を付したものというべく、つまり右契約は、右二点を特約として含む、始期付解除条件付契約として成立したものということができる。

3  本件採用取消の無効

そうすると、原告は、右の時点で被告の社員(見習社員)としての身分を取得したものというべく、右採用取消はいわゆる解雇あるいは免職にあたるから、日本電信電話公社法三一条所定の事由に該当する場合でなければ無効というほかないところ、原告にはそのような事由は存しない。

なお、仮に前記採用通知以後の法律関係が採用内定あるいは撤回権留保付契約といつたものにとどまると解したとしても、この場合原告は昭和四五年四月一日まで合理的理由に基づく解約がなされず経過すれば、被告社員としての身分を確定的に取得することを期待しうる地位にあり、信義則上また雇用契約の本質上被告が右解約をするには、これを正当とする特段の事由、しかもそれは解雇の場合と差異のない程度の客観的合理的理由を要するというべく、その内容は、前記採用通知時における原告の労働力の質がその後変更きれたと評しうる事情が発生したこと、例えば右通知に記載されたように健康に問題があることが判明したことを中心とし、ほかに経歴詐称や成績証明の誤謬が明らかになつた場合、右通知後に破廉恥罪を犯す等社員として職務に必要な適格性を欠くことが明らかとなつた場合等に限られるといわねばならない。

そして原告には、そのような事情も全く存在しないのである。

4  賃金の請求

以上の次第で、原告は被告に採用され、昭和四五年四月一日以降その従業員としての地位を有するところ、被告は原告の就労を拒否し、次のとおりの賃金を支払わない。

(一) 昭和四五年四月から同五一年一月までの基本給、暫定手当および都市手当の合計額 四、四二六、一六〇円

(二) 昭和四五年四月から同五〇年三月までの特別手当の合計額 二、二五〇、四八〇円

(三) 昭和五一年二月から本判決確定に至るまでの基本給暫定手当および都市手当(但し同五〇年度の水準のもの)

一か月 一〇四、〇〇〇円宛

5  結論

よつて原告は被告に対し、原告が被告の従業員たる地位を有することの確認と、前記4(一)(二)記載の賃金合計額六、六七六、六四〇円ならびに同(三)記載の割合による賃金額の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の(一)ないし(四)の事実は認める。ただし、昭和四五年三月四日の個別懇談は、入社の心構えについてのものではなく、原告を採用するについてなお調査する必要があつたための面接であつた。

請求原因2及び同3の主張は争う。

請求原因4の主張も争う。但し、仮に原告が採用内定を取消されることなく昭和四五年四月一日に被告に採用され、通常の勤務についていたとするならば、その受けるべき賃金額は、計算上原告主張のとおりの額になることは争わない。

三  被告の主張

1  見習社員契約の不成立

(一) 本件見習社員契約の成立については、被告(以下公社ともいう)の社員募集案内が契約申込の誘引であり、これに対する原告の採用試験の受験が契約の申込であり、辞令書交付が右申込に対する承諾であつて、採用内定通知、懇談会等の開催、誓約書、身元保証書の提出等は、右承諾に至る一連の手続に過ぎないものである。したがつて、本件採用通知は、原告が公社の行つた採用試験の結果、採用基準に達しているという事実の通知すなわちいわゆる観念の通知にすぎない。また本件採用内定取消通知は、見習社員契約締結手続を中止する意思表示であり、原告の申込に対する拒否である。これを詳論すれば以下のとおりである。

(二) 一般に使用者が労働者を採用する場合には、労働者の募集、その応募にはじまり、採用試験、面接、調査を経て採用を内定し、さらに試用という経過を経たうえで本採用すなわち労働契約を確定的に締結するものである。毎年多数の労働者を一度に採用しなければならない官公庁や大企業においては、多数の応募者の適格性を合理的且つ適正に判断するため、右のような種々の段階を含む一定の採用手続を定め、一面では労働契約も附従契約化し、労働者は契約内容、要式を受け入れるか否かの自由しか残されていない。そして右のような採用手続によつて、集団的反復的画一的に採用者を決定している。被告公社にあつては、それが公法人として国家目的達成のための国の行政組織の一種であるため、右採用手続も日本電信電話公社法(以下公社法という)以下の法令に覇束され、見習社員の採用については「職員および準職員採用規程」(以下採用規程という)および「準職員の雇用等に関する取扱について」と題する通達(以下雇用通達という)によつて、右段階的構造をもつた一連の採用手続が定められている。

従つて本件採用手続において、いつの段階で労働契約の成立があつたかを確定するためには、応募者の意思をきぐるのみならず、個別的な特殊事情がない限り、右集団的画一的処理の要請と右手続全体の構造を念頭におきつつ、右各規定の趣旨内容およびその実際の運用上の慣行を検討して、そこに客観的に表現された公社意思としての労働契約締結意思の存在を解明することが必要であるといわねばならない。

(三) しかして、右採用規程によれば、見習社員を採用するには、募集(四条)、採用試験(六条)、身上調査(一〇条)、誓約書、身元保証書、戸籍謄本または抄本の提出(一一条)、就業規則の提示説明(一二条)を経なければならないとされ、これを細目化したところの右雇用通達によれば、誓約書、身元保証書、戸籍謄本または抄本を提出させた後辞令書を交付すると定められている。右手続過程を総合的に見ると、被告公社における見習社員の採用決定のためには試験合格、身上調査に問題がないことのほか、誓約書、身元保証書の提出が不可欠の要件であり、また辞令書の交付が右契約締結完了の要件であることがうかがえるのである。これを実質的にみても、右誓約書、身元保証書の提出は、就業規則の提示説明による労働条件の明示とならび、採用希望者に対して人格的支配を伴う労働契約の締結にあたり、その意思決定を慎重にし、後日紛争が起らぬようその意思を明確にする機会を与えるために必要であり、他方被告公社にとつても、一たん職員採用の上は解雇が制限され、不適格者を排除することが困難となるが故に、被採用者の意思を明確に了知し、その誠実な労務供給、なかんずく公社員に特に要求される法令その他公社の定める諸規定を遵守する勤務態度を確保し、その責に帰すべき損害を担保するものとしてそれは不可欠というべきものである。辞令書の交付は多数の職員の採用にあたり、その身分関係を明確にして誤りなからしめるために必要であるから、特段の事情のない限りこれらの手続に等閑に付し、辞令書の交付前、さらには誓約書、身元保証書の受領前に、被告公社の採用決定の確定的意思表示(見習社員契約申込に対する確定的な承諾)はありえないといわなければならない。

(四) なお、右採用規程一一条一項および雇用通達には見習社員に採用することに決定したものに対し、誓約書、身元保証書、辞令書等を提出させるとあるが、右決定とは、前記のとおり誓約書、身元保証書の提出、辞令書の交付の重要性に鑑み、また採用規程一一条二項に右誓約書、身元保証書を所定の期日までに提出しなかつたときは採用を取消しうると定めるところよりみると、いわゆる採用内定ないし公社内部における意思決定を意味するにすぎないと解すべきである。

また採用試験直後に原告主張のような採用通知が右試験合格者に出されているわけであるが、これは採用規程、雇用通達に定めはないが、一般にいわゆる採用内定通知と同じ性格のもので、採用試験の結果判明後その合格者の身上調査に時間的余裕を必要とし、公社が正式に採用を決定するまで、かなりの期間が経過するので、公社の内部における採用手続の進行状況を知らせることによつて、採用希望者がその申込を維持するか否かを判断する際の参考に供するため、採用試験の結果基準に達しているという事実を該当者に通知する(いわゆる観念の通知)趣旨以上のものでない。このことは、原告主張の採用通知の内容に、将来の採用時期を示す明確な日付、右時期までの入社の辞退の自由、誓約書、身元保証書の提出要求、健康診断の結果による採用取消の可能性等が記載されているほか、右通知の受領者においても、入社式を終え辞令書を交付されるまで、職員としての意識をもたず、自由に入社を辞退している実情にあることによつて明らかというべく、その後、事実上行つている公社の事業内容の説明懇談会等も右の趣旨に基づくものである。

また、原告主張の「貸与被服の号型調査」なるものは、被告では毎年多数の職員を新規採用しているため、大量の被服のサイズ別所要量の概数の把握と被服業者に対する早期発注を要するためのものにすぎず、これをもつて原告主張のような見習社員契約締結と結びつけることは実態を無視したものである。

(五) これを要するに被告公社における社員採用手続においては、被告は、特別の事情のない限り、社員募集の応募者に対する右辞令書の交付によつて採用承諾の意思表示をし、これをもつて労働契約締結を完了する仕組になつているものというべく、採用通知を含めたそれまでの種々の手続は、右承諾に至るまでの一連の手続過程の一つにすぎないから、この段階ではなおいわゆる採用の自由の原則が支配していると解されるのであり、本件採用手続においても、原告主張の採用通知こそあれ、未だ誓約書、身元保証書の提出はなく、就業規則の提示説明も、具体的労働条件の提示もない(原告主張の採用通知に記載の採用職種、勤務場所は予定にすぎず、最も重要な給与も、勤務時間、休暇、昇進についても募集案内の記載は明確なものでなく、事実上の案内にすぎない)段階において、被告から採用内定取消通知をなし、右採用手続の進行を中止し、原告の採用申込を拒否する旨意思表示をしているのであるから、原告被告間に原告主張のように労働契約の成立があつたとする理由は全くないといわなければならない。

2  労働契約の予約の成立とその解除

仮に右1の主張が認められないとしても、本件採用通知をもつて成立すべき法律関係は見習社員契約の予約と解すべきである。すなわち、右採用通知には、昭和四五年四月一日付で原告を見習社員として採用する旨の記載があり、これはその日に見習社員としての契約をする旨の予告をしたものにすぎない。このことは、右通知書には「もし入社を辞退されるような場合には、すみやかに(中略)連絡願います。」と契約上の拘束を排する趣旨の記載があることからも明らかである。また右通知書には労働契約の要素である具体的労働条件としての給与、勤務時間、勤務場所、休暇、昇進等の記載がなく、また公社の社員募集案内に記載されていた給与、勤務時間週休日等は一応の目安にすぎず、他に法律的に意味を有しうる労働条件の個別的な明確な呈示、説明はなされていない。また、前記の雇用通達によつて見習社員の任命の要件とされる辞令書の交付はもちろん誓約書、身元保証書の提出も未だなかつた。このような点からして、右採用通知の段階で労働契約の締結があつたと認めることはとうていできず、従つて右は予約とみる以外にないといわなければならない。

なお、右採用通知後行われた入社懇談会出席や健康診断受診によつて、右法律関係の変更があつたと解すべき理由はなく、原告に対してはなお調査の必要ありとして特に面接調査も行われていることからみても、右変更の基礎である当時者双互の信頼関係の高まりがあつたとみとめることができないことは明らかである。

従つて原告は、被告が右予約の履行としての労働契約締結に応じなかつたとしても、強制履行を許さない労働契約の性質からして、被告に対して損害賠償を請求しうべきは格別、右契約の締結自体を訴求しうべき地位にないといわなければならない。

3  本件採用取消に至る事情とその正当性

仮に以上の主張が認められず、本件採用通知によつて原告主張の解除条件付始期付見習社員契約が成立したとしても、前記採用内定取消通知は、右解除条件の確認ないし右契約の解除と解され、この契約解除については、これを正当として許容されるべき合理的な理由があつた。

(一) 本件採用取消に至る経緯

(1) 原告は、昭和四三年高校を卒業後豊能地区反戦青年委員会の構成員となり、昭和四四年一〇月三一日午後九時頃大阪鉄道管理局前において国鉄労働組合、動力車労働組合の機関助士廃止反対の集会に同反戦青年委員会所属の一員として参加し、場所を変えるため約五〇名の集団を指揮して車道に出てシユプレヒコールをしながら若千の移動をなした際、無届デモとして待機中の警察機動隊の規制を受け、道路交通法七七条、大阪市公安条例違反の現行犯として逮捕され、同年一二月一一日起訴猶予処分となつた。

(2) さらに昭和四五年三月一五日万国博会場中央口駅で「安保万博粉砕共闘会議」(反戦青年委員会も参加している)のメンバーである学生、労働者ら一五〇人が万国博粉砕を叫んで無許可デモを挙行しようとして中央口駅コンコース南側に座り込んで集会を開きそのうち六七名が不退去罪威力業務妨害罪、鉄道営業法違反等で検挙された際、同人もその集会に参加していたものである。

(3) また、公社職員のうち反戦青年委員会系の派閥の一つである共産主義者同盟(ブント)に所属する青年労働者の一部は昭和四四年一〇月三日大阪中央電報局において安保粉砕沖繩奪還の政治スローガンを掲げ、マツセンストと称して玄関前に座り込み無期限ストに入つたが、同月一四日近畿電通局において右スト参加者中二名を業務妨害の理由で懲戒解雇にするや、同月一七日右両名は大阪中央電報局六階の労務課第二室をバリケード封鎖し、窓から「中電マツセンスト貫徹、北大阪制圧、中央権力闘争貫徹」、「労務封鎖中」等と記載した垂幕や反戦の赤旗をつるし、また他の一名は同月二〇日同局屋上で火炎びんを投下し、次いで公社の職員らしい者を含む五名の男女は同年一一月一三日火炎びん様のものを所持して同局に乱入し、更に近畿電通局管内の過激派反戦グループに属すると考えられる者らは、昭和四五年一月二八日佐藤首相の訪米阻止闘争に参加し京浜蒲田駅で逮捕された公社職員について懲戒解雇者が出たことに抗議して大阪市外電話局に火炎びん様のものを投入して窓ガラスを破損するとともに局舎内でこれを炎上させ、和泉電報電話局においても火炎びん様のもので裏門の鉄製扉を焦がすといつたような事件を起こし、これら一連の行為によつて公社は職場の安全と秩序を阻害され、その業務の遂行に著しい支障を生じた。

(4) 近畿電通局は原告に対する採用通知前その素行、家庭環境等について一応の調査を行つたのであるが、別段問題となるような事実をを見出すことができなかつたので、本件採用通知を出したところ、その後原告が反戦系のグループに属しているという情報を入手した。そこで同局長は原告の住所地を管轄する箕面電報電話局長に対し原告についての特別調査を命じた結果、昭和四五年一月二〇日同局庶務課長名義の調査報告書を受領したのであるが、これによると池田箕面地区では昭和四三年四月一〇日反戦準備委員会が結成され、同月一七日池田市立労働会館で池田箕面地区反戦青年委員会の発足をみたもので、原告は準備会結成当時からその役員的地位にあつて活躍し、現在は豊能地区反戦青年委員会の構成員であるとの事実が記載されていた。当時近畿電通局ではその管内の局所において前記のとおり反戦青年委員会系の職員による過激な越軌行為が頻発していたが、反戦青年委員会なるものの性格と公社の情報収集能力からは、その正確な実態を把握することは極めて困難であつたが、公社としては、反戦青年委員会の過激な非合法活動に関する新聞報道、反戦青年委員会の発行、配布する機関紙、宣伝紙、関係者等の意見等によつて、反戦青年委員会はその各分派の過激性の程度に差異はあつても、みな過激であることに変りはないものと認識していたところから、原告が同会に所属する事実を知るに及び、将来原告を職員として採用した場合、公社内の反戦グループの一員となつて過激な越軌行為をなす可能性が極めて強いものと考えその事態の発生を憂慮した。しかしながら、近畿電通局では原告が反戦青年委員会に所属するということ自体は思想、信条および結社の自由にかかる問題であるから、これを軽々に処理することはできないものと考え、採用通知後の手続である入社懇談会には原告を出席させることとし、大阪北地区管理部長をして昭和四五年二月上旬原告に対し同年三月四日大阪市中央公会堂で開催する同会への案内状を出させ、同会に出席した原告に対し特別面接を実施し、その言動について詳細な調査をなすべきことを命じた。そこで同部長は同部庶務課長、労務厚生課長外一名をして、原告に対し自由に発言させるための方法として出席者の中から無作為に抽出した二名を同席させたうえ、特別面接を行わせ、原告との問答を通じてその言動を詳しく観察させたが、特に注意すべき言動を見出し得なかつた。同局では右調査とは別に職員部の調査員および任用係長の両名に対し原告の行動について詳細な調査を命じていたところ、同月六日右両名によつて前記(1)の事実が報告され、その事実を知るに至つたが、公社としては原告が単に反戦青年委員会に所属するというだけでなく、起訴猶予処分になつているとはいえこれに関連して法律違反の具体的な越軌行為がある以上、公社の職員として稼働させた場合、当時前記(3)のとおり近畿電通局管内の局所で過激な越軌行為を繰り返していた反戦グループに同調して職場の秩序が乱され業務を阻害される明白かつ現実的な危険があるものと判断し、同年三月二〇日に至り近畿電通局長名義を以て原告に対し採用の取消を通告した。

(二) 本件採用取消の正当性

(1) 本件採用通知により成立した法律関係を解除条件付始期付見習社員契約と解するとしても、原告については現実に如何なる形態においても労務の提供を義務づけられておらず、被告との間にいわゆる使用従属関係は現実に存在せず、更に右採用通知書の文言、公社職員の兼職禁止の趣旨等からして、右の「始期」は、契約の目的たる義務の履行の始期ではなく、契約の効力の発生の始期と解すべきである。

したがつて、本件採用取消通知の当時においては、原告は見習社員としての身分を取得していないのであるから、採用取消事由としては、すでに労働契約下にある社員の解雇事由(本件においては見習社員の解雇事由を定めた公社法三一条、公社準職員就業規則五八条)の適用を受けない。

(2) 本件採用通知書には「入社前に再度健康診断を行ない、異常があれば採用を取消す場合があります」と明記されているが採用取消事由はこれに限定されるものでない。

公社は公衆電気通信事業の合理的かつ能率的な経営の体制を確立し、公衆電気通信設備の整備および拡充を促進し、ならびに電気通信による国民の利便を確保することによつて、公共の福祉を増進することを目的として設立された企業であり(公社法一条)その資本金は全額政府が出資している(同法五条)。その結果公社は公共企業として社会的に高く評価されている。公社がこのような企業であり、その業務の公共性が高度であるところから、法は公社の職員(ここにいう職員には見習社員を含む。公社法二八条一項)に対しても、誠実に法令を遵守し、全力を挙げてその職務の遂行に専念すべきことを命じ(公社法三四条)、罰則の適用に関しては法令により公務に従事する者とみなされている(公社法三五条、一八条)。このようなことは一般企業ではありえないことである。その反面公社職員は、一般社会から、右のような公共性の高度な企業に勤務しその職責に専念しているものとして好ましい評価を与えられている。このような社会的評価は職員としての信用であり、そのような社会的評価を保持することが職員としての品位と解される。

さらに職員は公社に勤務する関係で、職場あるいは作業場における業務遂行義務を負うばかりでなく、職員としての身分を有することにより、好むと好まざるとに拘らず一個の企業体としての公社の組織の構成に参加し、社会的、客観的な事実として公社に向けられる一般社会の評価としての信用の一端に多かれ少なかれ関与することになる。前述の職員としての品位、信用もこのことと密接不可分に関連している。ここで職員である以上公社の保有する有形、無形の利益を損わないようにすべき信義則上の義務を負い、事の性質上右職務は職員が企業外に在る場合でも免れることはできない。

このような観点に立つて、公社法三一条三号の降職あるいは免職事由である「その職務に必要な適格性を欠くとき」の意義を考えると、その職務とは職員としての義務を意味し、従つてその職務に必要な適格性とは職員としての適格性であり、この点準職員就業規則五八条七項は明確に「職員としての適格性を欠くとき」としている。さらに、前記採用規程一三条四項、雇用通達の雇用制限七項(ク)例にもそれぞれ準職員として不適格と認められる者は雇用してはならないとされているのであるから、本件採用通知における解除条件の一つとして見習社員として不適格と認められることが含まれていることは当然である。したがつて職員又は準職員としての不適格性とは職場あるいは作業場における業務遂行上の適格性というように狭く解すべきではなく、広く公社職員が前述のように保有する社会的評価としての信用、品位を損うことなく職員の負担する右信義則上の義務を果すに足りる人物、人格であるかどうかということである。

本件においては、原告はいまだ調査段階にあるものであり、本件採用通知における解除条件の意義は、見習社員としての適格性を欠く虞れのある者を企業組織内に入る前に排除しようとすることにある。

(3) 以上の見地から、原告の見習社員としての適格性を判断するに

〈1〉 被告公社の職員が、無届デモを強行し、道路交通法、公安条例に違反して逮捕されるに至つたとすれば、被告の職員は前記のように高い社会的信用を保持すべきところから、一般国民の批判をまねき、ひいては公社およびその職員の社会的評価を損うこと必定であり、この点原告は被告公社員としてふさわしくない行動をする危険性の高い人物といわねばならない。

〈2〉 反戦青年委員会は単なる政治結社と異なるのである。たしかに反戦青年委員会の当初の目標は日韓条約批准阻止闘争であつたが、その統一行動のなかで反戦青年委員会は急進派学生とともに警官隊としばしば衝突騒ぎを起し、そのため反戦青年委員会を結成させた社会党、総評も手をやいていたものである。

その後、日韓条約可決とともに闘争目標を失い、さらに急進派学生集団の浸透により分派闘争(内ゲバ)を繰返し、砂川基地闘争(昭和四二年五月二八日)、羽田闘争(同年一〇月八日)、国際反戦闘争(昭和四三年一〇月二一日)、東大闘争支援行動(昭和四四年一月一八~一九日)、数次にわたる成田闘争とその暴力行為を拡大し、昭和四四年四月二八日には「霞が関に解放区を」と叫んで新橋、銀座周辺や渋谷などで暴れ廻り、成田空港阻止闘争、沖繩返還協定批准阻止闘争等でその暴力性を一段と激化していることは新聞紙上等により周知の事実である。反戦青年委員会は統一組織がなく各分派の集合にすぎないものとしても、各分派は過激性の程度に幾分の差異はあつても、皆過激であることに変りはないのである。そして原告の所属する豊能地区反戦も昭和四四年一〇月二一日の首都制圧闘争に参加し、火炎ビンを用いた大街頭武装闘争を誇示し、同年一一月一六、一七日の佐藤訪米阻止闘争にも参加し武力闘争を標榜しているのである。また、豊能地区反戦が発行している豊能反戦ニユースには、非合法活動を誇示している。

従つて、右豊能地区反戦の実体は、単なる政治結社でなく、過激武装団体というべく、かかる団体に所属している原告は、その団体の主義、行動に賛同しているものであるから、原告自身がこれまでに実際に具体的な過激行為を行つたか否かを問うまでもなく、右行動に及ぶ危険性があると推定してしかるべきである。

〈3〉 本件で公社が問題にしているのは、右団体の行動、それに関連する原告の行動の危険性であり、右団体や原告の信条そのものではない。

すなわち、原告は単に反戦青年委員会に所属しているというだけでなく、非合法活動を誇示し、武力闘争を標榜する豊能地区反戦の準備会結成当時からその役員的地位にあつて活動し、前記無届デモを指揮して逮捕されており、また反戦青年委員会は、その闘争方針の一つに「生産点」「企業拠点」における闘争(職場でいわゆる違法な政治ストライキを行えるような力を結集し、これを実行することを内容とする)を打出していることからすれば、被告が原告を職員として採用し、就労させた場合、前記のように近畿電通局管内で過激を越軌行為を繰り返していた反戦グループに同調して、被告公社の職場内の秩序を乱し、業務を阻害する具体的な危険性が極めて高いといえる。

〈4〉 公共性の極めて高い業務を営む被告公社は、電気通信設備の適正な管理と通信に対する秘密の保持を通して業務に対する国民の信頼を確保することを必要とするところ、原告が配属されるべき職場、つまり機械職員は局内交換機等通信用機械設備、通信設備用電力機器、電話器、会社などにある内線電話交換機等の点検、調整、修理さらには多数の利用者と直接応対し、電話の故障等の受付あるいは修理手配等を通じて、一日中、電話や電報サービスを円滑に提供するための中枢部門にあたる重要な仕事をその内容とし、通信の安全性確保あるいは国民の重要な基本的人権である通信の秘密保持に直接かかわりを持つているのであるから、かかる職場で、原告がその目的とする前記のような違法闘争を行えば、右国民の信頼が損われることは明らかである。

〈5〉 以上の事情を総合勘案すると、原告を見習社員として不適格と判断し、本件採用取消に及んだことは何らの違法はないというべきである。

四  被告の主張に対する原告の認否、反論。

1  被告主張1(労働契約の不成立)、同2(労働契約の予約とその解除)の主張については、被告の職員採用手続として、被告主張の採用規程及び雇用通達がありこれに被告主張の各定めのあることは争わないが、その解釈、本件採用通知の趣旨、その他の主張は争う。すなわち、

(一) 労働契約は諾成契約であつて、一定の要式を必要とするものでなく、契約申込とこれに対する承諾にふさわしい意思表示があるとみられる場合には右契約が成立したと解すべきである。本件においては、前記採用通知は、試験の成績、健康診断、身上調査の結果を基礎にした総合判断に基づく雇用意思の外部的表明であり、一連の採用手続の中でもつとも慎重且つ高度の判断を要するものである。反面、その後の誓約書、身元保証書の提出、辞令書の交付は、そのような高度の判断にもとづく選択の余地はほとんどないのであり、これらを勘案すると、右採用通知をもつて、右契約の締結意思の表示として最もふさわしいものというべきである。

(二) 前記採用規程、雇用通達によれば準職員の採用は公募のうえ採用試験によつて決定し、雇用を決定した者に対して就業規則等必要な公社の諸規定を提示説明のうえ、誓約書、身元保証書、戸籍謄本または抄本、承諾書等を徴し、辞令書を交付することを定めている。右規定によれば、採用決定は採用試験によるのであり、また雇用決定者に対して一律に誓約書、身元保証書等を提出させ、その提出とともに自動的に辞令書を交付するとされているのであり、誓約書、身元保証書の提出は、現実に雇用関係に入ることについての最終意思の確認で、辞令書は現実に見習職員の資格を取得した旨の確認証と解され、その交付は、採用決定後現実の労働関係が開始されるに必要な手続ではあつても契約の成立自体には無関係というべきである。

2  被告の主張3(本件採用取消に至る事情とその正当性)については、

(一) (一)のうち(1)の事実と、(2)の事実中の被告主張の日に学生、労働者らが、万国博会場中央口駅コンコースに座り込んで集会をひらいたこと、そのうち六七名が検挙されたことは認めるが、(3)、(4)の事実は不知、その余の事実は争う。

(二) (二)の(1)(2)の主張は争い、(3)の事実中、原告が道交法違反、公安条例違反で逮補されたこと、原告が豊能地区反戦青年委員会に所属していること、原告の所属する同委員会が、生産点、企業拠点における闘争をめざしていることは認めるが、その余の主張は争う。

(三) 被告の主張する原告の適格性についての判断は次の点において正当でない。

(1) 原告の昭和四四年一〇月三一日の集会参加は、原告の純然たる私生活の領域における行動であるうえ、その逮捕も、官憲が右集会を不当に弾圧するため、交通規制によつて走行する車の殆んどなかつた車道(同所は車両通行禁止場所)に原告らが若干はみ出したことをもつて、交通規制に名をかりて、これを行つた不当なものである。仮に原告に法令違反があつたとしても、単なる取締法規違反で可罰的違法性のない、現に起訴猶予処分として終つた極めて軽微な事案であるから、右は原告の労働力の質の評価に変更をきたすものといえず、しかも原告は管理的色彩のない末端の機械的労働に従事することを予定されていたのであるから、公社の職務の公益性を考慮にいれても、原告の公社員としての適格性に問題はない。

(2) 昭和四五年三月一五日の万博会場での集会には、原告は参加していただけであるし、これまた私生活上の行為である。しかも、被告は、本件採用取消通知の際、右事実を認識していなかつた。なお右集会に参加し逮捕起訴された者は、その後裁判において全員無罪となつている。

(3) 原告の所属していた豊能地区反戦青年委員会は、昭和四四年九月活動路線の違いをめぐつて組織分裂し、以後原告は、「職場におけるスト等を中心とした生産点闘争」に重点をおく分派に属しているのであり、被告主張の過激な闘争を標榜する豊能地区反戦の別派或は公社内の被告主張のような反戦グルールとは何のかかわりもない。被告は、右豊能地区反戦のことを含めた反戦青年委員会の分派の存在状況、戦術の差異について熟知しながら、あるいは少くとも知りえたのにかかわらず、これを一把一からげにして過激派と独断し、右立場にある原告が当時被告の職場内で業務阻害行為を繰り返していた従業員と呼応して、同種の行為に及ぶ危険ありとしたもので、極めて主観的な不当な類推というほかない。

なお、右生産点における闘争とは、具体的には、職場の労働者に反戦への連帯をよびかけ、反戦統一行動を組織し、反戦ストライキを行える実力をつけることを目的とするもので、かかるストは過激にわたらない限り違法でなく、また真面目な反戦活動である限り、国民の被告公社に対する信頼を損うことは考えられない。

(4) 被告のいう原告による業務阻害の危険性なるものは、原告が従事すべき職務との関連性を十分に検討することなく、原告のささいな法令違反行為および政治団体加入の事実をもつて直ちに右危険ありと即断した具体性のないものであるし、原告およびその所属する団体の志向する活動をもつて、公社の業務に対する国民の信頼を損うとする点は、実情を離れた議論というべく、いずれも、原告の公社職員としての適格性を否定する合理的根拠とはなしえないものである。

これを要するに、本件採用取消は、何ら合理的根拠なくして行われた無効のものであるか、ないしは原告が反戦青年委員会に所属することを理由とするもので、原告の思想、信条に対する嫌悪に基づくものであり、これは憲法一四条、労基法三条に違反する無効のものといわねばならない。

(昭和四九年(ワ)第九四七号事件について)

一  請求原因

1  原告(債権者)から被告(債務者)に対する大阪地方裁判所昭和四五年(ヨ)第九九八号地位保全等仮処分申請事件において、被告は敗訴の判決を受け、この判決に従つて被告は原告に対し〈1〉昭和四六年八月二〇日から同四八年一〇月三日までの間に同四五年四月分から同四八年九月分までの賃金として合計一、〇九二、〇〇〇円を、〈2〉同四八年一二月一一日に同年一〇月分の賃金として二六、〇〇〇円を支払つた。

2  ところが、右判決の控訴審(大阪高等裁判所昭和四六年(ネ)第一、一二二号事件)において大阪高等裁判所は原判決を取消し、原告の申請を却下する旨の判決を言渡し、同判決は昭和四八年一一月一四日の経過により確定した。

3  従つて被告は原告に対し義務なくして右金員を支払つたことになるから、不当利得としてこれが返還を求めるため、右の〈1〉の金員とこれに対する本件支払命令送達の翌日(昭和四九年二月一六日)以降、〈2〉の金員とこれに対する被告の昭和五〇年五月二九日付訴えの変更申立書送達の翌日(同年同月三〇日)以降それぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2の事実は認めるが、その余は争う。

第三証拠〈省略〉

理由

(昭和四九年(ワ)第一、八六三号事件について)

一  請求原因の1の(一)ないし(四)に記載の事実は、昭和四五年三月四日の個別懇談の目的、趣旨の点を除いて当事者に争いない。

右の事実関係から本件見習社員契約の成否につき判断すると、被告の社員公募は右契約申込みの誘引であり、原告の応募、第一次、第二次試験の受験は右契約の申込みであり(以上の点は双方の認識が一致している)、被告から原告に対する昭和四四年一一月八日付採用通知は右申込みに付する承諸であり、これによつて再度の健康診断による異常があつたときはこれを解約原因の一つとして被告において解約できるとの条件が付された効力発生の始期を昭和四五月四月一日とする見習社員契約が成立したものと解すべきである。

もつとも、右採用通知書には、原告において入社を辞退する場合には速かに被告に連絡すべき旨の記載があり、被告において原告の申込の拘束力を排除して承諾し、原告の申込撤回権が留保されていると解されるが、本件のような労働者の公募の場合においては、採用者側に広範な採用の自由がある反面、応募者側から申込の徹回をする場合もしばしばあり、申込の徹回権の留保を理由に申込の効力を云々するのは相当でない。労働契約はその性質上使用者側がこれを解約(労働者の解雇)する場合においては、労働者保護の立場から立法上或は解釈上種々の制限を受けることはあるが、労働者側からの解約については民法六二六条、六二七条等のほか特にこれを制限するものはなく、その性質からしてこれを制限すべき理由もないことからみても、労働契約としての効力発生以前の状態にある契約において、労働者側が解約権を留保し、何時でも即時に解約しうるものとしても特段不合理ではない。右申込撤回権(解約権)の留保を理由に右契約の成立を否定的に解することは相当でない。結局、右契約は、双方において解約権(その解約原因につき差はあるが)を留保して成立したものというべきである。

二  原告は、本件見習社員契約が昭和四五年四月一日を就労の始期として成立したと主張するが、本件採用通知書〈証拠省略〉には「昭和四五年四月一日付で採用する」旨記載され、採用の日時を明示しているのであり、原告は右通知を受領したとはいえ、右採用の日までの間は公社見習社員としての如何なる制約、拘束も受けるものではないし、また原告がいまだ身元保証書、誓約書を提出せず、就業規則の明示もない段階(これらのことは弁論の全趣旨から認められる)において、原告が既に見習社員としての地位を取得し、右の昭和四五年四月一日は就労の始期を定めたものにすぎないと解することはできない。

原告が主張する貸与被服の号型調査についての回答、懇談会への出席、再度の健康診断の受診等は、原告の入社意思が強く、留保していた申込撤回権を行使しない意向の表明であるとしても、これらのことをもつて法律上の効果を生じさせる行為とみることは相当でない。

三  被告は、公社の見習社員採用については、公社の定めた採用規定、雇用通達による手続に従つてなされるものであり、右採用規程等によれば、採用試験、身上調査に問題がないということのほか、誓約書、身元保証書の提出が不可欠の要件であり、その後における辞令書の交付によつて見習社員契約が成立するのであり、それ以前に何らの契約も成立せず、前記採用通知は採用試験の結果、採用基準に達しているという事実の通知(観念の通知)にすぎないと主張する。

ところで、毎年定期的に多数の労働者を採用する企業にあつては、採用のための手続を定め、或は慣行によつて募集から採用試験、面接等を経て早期に採用者を決定し(この場合内定ともいわれる)、現実の就労は右決定の時より相当期間経過後になされていることは公知の事実であり、このような経過において何時、如何なる契約が成立するかは、その個々の具体的事実関係から判断するほかないわけである。本件においては、公社の見習社員採用については、被告主張の採用規程、雇用通達のあることは当事者間に争いないところであるが、その詳細な内容を検討してみるに、〈証拠省略〉によれば、右採用規程には、その四条から一〇条までに募集から採用試験、身上調査までの規定があり、続いて一一条一項に「職員に採用又は準職員に雇用することが決定した者には、別に定める場合を除き、次の書類を提出させなければならない。」として誓約書、身元保証書、戸籍の謄本または抄本を提出させることとし、同条二項では右書類を正当な理由なく所定の期日までに提出しなかつたときは入社を取消す旨定められてあるが、辞令の交付については何らの定めもなく、また〈証拠省略〉によると、雇用通達には5雇用方法、6身上調査についての定めに続いて、7雇用手続として見習社員に雇用することが決定した者に対しては、就業規則その他必要と認める公社の諸規定を提示して説明のうえ誓約書、身元証書等を提出させて辞令書を交付する旨定められていることが認められる。以上の規定からすれば、公社の見習社員の採用については、採用試験、身上調査によつて採用することを決定した者に対してのみ誓約書等の提出以下の手続が要求されているのであり、これは、見習社員の採否の決定には直接関係ないものといわざるをえない。また、右規程、通達が見習社員採用(見習社員契約)についてこれを要式行為とした趣旨と解することもできない。このことは、前記採用通知書には再度の健康診断で異常があるときは採用を取消す場合があるというほかは、何らの留保もなく昭和四五年四月一日付で採用する旨記載されていることからも窺えるところである。被告が定める採用手続からみても、右通知をもつて、健康に異常のない限り、原告が昭和四五年四月一日付で公社見習社員としての地位を取得するという法律効果に向けられた被告の確定的な意思表示と見てさしつかえない。被告が主張する誓約書等の提出、辞令書の交付などは、前認定の入社懇談会、職場見学の実施などとともに、見習社員契約成立の確認、契約成立後の労務管理の準備等のためのものと解することができる。以上の認定に反する〈証拠省略〉は措信できない。

次に、被告は、具体的労働条件の明示を欠くことを理由に契約の成立を否定する趣旨の主張をするのであるが、被告が本件見習社員募集の際に発行した社員募集案内には、原告主張のように給与として高校卒男女とも一か月二六、〇〇〇円(概算)、その他勤務時間、週休日等について記載があることは被告の明らかに争わないところであり、また前記採用通知書には、具体的勤務場所、職種、身分等につき請求原因1の(二)に記載のとおり記載されていたことは当事者間に争いないところである。してみると、右募集案内には一応の基準が示され、採用通知書には勤務場所、職種、身分について明示されており、更に〈証拠省略〉によると、給与は特別の事情のない限り右募集案内に記された額を基本給として決定され、現実には当該年のべースアツプ分が加算され決定されている事実が認められる。加えて公社のような大組織の企業体における労働契約の附従的性格、原告が公募により採用されるものであること等を考慮すれば、右程度に労働条件が明示されてあれば、被採用者である原告の意思決定に支障は無いと考えられる。また労基法上要求される労働条件の明示は、原告が現実に被告公社の見習社員としての地位を取得するまでの間になされることで足りるというべきである。したがつて被告の右主張も理由がない。

被告は、本件採用通知によつて見習社員契約の予約が成立したものであると主張するが、前記のように右採用通知は、健康に異常がある場合には採用を取消(解約)す旨の留保を付したほかは何らの留保もなく昭和四五年四月一日付で採用するというものであり、採来において更に契約をなすべき余地を残したものとは認められない。また、労働契約の諾成、不要式性からして被告主張のような誓約書の提出、辞令の交付等の形式を要するものではなく、更に原告の申込撤回権の留保、労働条件の明示等についても、前認定の始期付見習社員契約成立の支障となるものでないことは既に説明したとおりである。その他被告の主張を考慮しても、右採用通知によつて見習社員契約の予約が成立したにすぎないものと解すべき理由は見出し難く、被告の右主張も理由がない。

(四) そこで本件採用取消の当否について検討する。

1  既に認定したとおり、被告から原告に対する昭和四五〔編注:四四の誤り〕年一一月八日付採用通知により、同四五年四月一日を始期とする見習社員契約が成立したわけであるが、原告は右始期の到来するまでは公社職員としての地位を取得するものでなく、就労の義務もなく、賃金も支払われていないのであるから、労働基準法上の保護を受けるものでなく、また公社法三一条(職員の降職及び免職)、公社準職員就業規則(〈証拠省略〉により認められる)五八条(見習社員甲の免職)の適用を受けないものと解する。

しかしながら、原告は、右始期到来前においても昭和四五年四月一日には被告公社員としての地位を取得しうるという期待的地位を有するものであるから、被告において全く自由に採用を取消(解約)しうるものではなく、解約するためには合理的な理由の存在を必要とし、本件見習社員契約の趣旨、目的に照らすときは、前記採用通知書に明示された再度の健康診断において異常があつた場合に限らず、採用決定後の調査によつて、原告を公社見習社員として雇用することが適当でない、換言すれば、原告が公社見習社員として適格性を欠くと認めるべき事由が発見されたような場合においても、即時に解約しうるものと解するのが相当である。そして、右適格性の有無の判断は、被告公社の裁量権にかかるところであるが、原告が既に前記期待的地位を有することからして、採用通知前とは異り、その裁量の範囲は無制限ではなく、原告の右期待的地位を剥奪することを正当とするに足る客観的な事由に基づく合理的な範囲のものでなければならないと解する。原告は、右判断の基準は、解雇の場合と同一であるべきであると主張するが、いまだ見習社員契約の効力が発生していない段階なのであるから、解雇の場合と同一に論じなければならない根拠はなく、解雇の場合に比較すればより自由に認められてしかるべきものと考える。

2  被告が主張する本件採用取消の事由(事実摘示記載第二の昭和四九年(ワ)第一、八六三号事件についての三の3の(一)の(1)ないし(4)のうち(1)の事実は当事者間に争いなく、(3)の事実は〈証拠省略〉により認められ、同じく(4)の事実は、〈証拠省略〉によつて認定できる(なお(4)の事実中昭和四五年三月四日原告が懇談会に出席し、この際個別面接を受けたこと、同年三月二〇日に被告から原告に対し本件採用取消の通知がなされたことは、既に記したように当事者間に争いない事実である)。同じく(2)の事実については、昭和四五年三月一五日万国博会場中央口駅附近で学生、労働者が坐り込んで集会を開き、そのうち六七名の者が検挙された事実は原告も認めるところであるが、〈証拠省略〉によると、右集会は万国博粉砕を標榜して行われたものであり、右の坐り込みやデモ行進をなし、右被検挙者のうち一部のものが建造物侵入、威力業務妨害罪で起訴されたが、いずれも一審では無罪の判決をうけたこと、原告は右集会に参加したものの、坐り込みやデモ行進には直接参加せず、検挙もされなかつた事実を認めることができる。

3  〈証拠省略〉を総合すると、次の事実が認められる。

昭和四〇年八月頃、社会党、総評の指導の下に日韓条約批准阻止闘争を目標として反戦青年委員会が発足し、中央の全国反戦青年委員会の下に都道府県単位並びに各地区単位に反戦青年委員会が次々と組織され、各地区反戦青年委員会は団体でも個人でも加盟を認めた。日韓条約批准阻止闘争は盛上りをみたものの、同条約が国会で承認されるとともに闘争目標を失い運動は停滞したが、その後学生集団など急進派政治団体(右闘争のときにも一部参加していた)の浸透にあい、ベトナム反戦、反基地、反安保などの目標を掲げて過激な行動へ走るものもあり、とくに地区反戦では分派を繰り返し、全国反戦の統制にも従わず、その一部は過激な行動へと暴走して行つた。昭和四三年三月頃から、労働組合の青年部などに職場反戦が発生し、全電通労働においてもその頃に反戦組織が生じ、その組織人員は一時は三、〇〇〇人にも及び、その中には労組執行機関の指示を無視して前認定(被告主張事実三の3の(一)の(3)記載)のような越軌行動を行うものが各地にあつた。昭和四四年四月二八日には、東京地区反戦連絡会議を中心とする過激派の反戦青年委員会は「霞が関に解放区を」と叫んで急進派学生とともに東京都内の新宿、銀座、渋谷等の周辺で過激な街頭闘争を繰り返すなど、その後も東京をはじめ全国各地で過激な闘争を続けて行つた。このようにして、社会党、総評も反戦青年委員会に対する統制がとれず、昭和四四年秋頃には全国反戦の凍結をいうようになつた。原告の属していた豊能地区反戦青年委員会は、前記のように昭和四三年四月に発足し、原告は発足当時から役員的地位にあつたが、翌四四年九月頃、佐藤首相訪米阻止闘争の戦術等をめぐつて武装して街頭へ出て実力で阻止闘争を行えと過激な行動を主張する派と、これに反対し生産点における闘争を主張する派とに分裂するに至つた。分裂後においては、後者の派については目立つた活動もなかつたが、前者の過激派は、豊能地区青年委員会の名で同年一〇月から一一月へかけて「豊能反戦ニユース」なるビラを配布し、佐藤首相の訪米を実力で阻止せよと主張し、また同年一〇月二一日の国際反戦デーにおける東京都内の新宿、高田馬場附近の街頭での暴行、警察官との衝突等を闘争の勝利であるとし、街頭武装闘争を宣伝するなど、非合法活動を誇示し、更に激しい武力闘争を掲げ、これへの参加を呼びかけていた。

以上の事実が認められ、〈証拠省略〉によると、被告としては、本件採用取消通知をした昭和四五年三月二〇目当時においては右の事実関係(ただし豊能地区反戦の分裂に関する点を除く)をほぼ認識していたと認められる。

4  以上2及び3の事実(ただし、万国博会場中央口駅附近集会に関する事実を除く)を総合して考えると、前認定のように、被告において原告が単に非合法活動を標榜する豊能地区反戦青年委員会に所属している(被告のこの認識が失当といえないことは後記5の(二)のとおり)というだけでなく、同委員会の構成員として昭和四四年一〇月三一日の大阪鉄道管理局前における集会に参加し、その際無届デモを指揮して逮捕され、この件は起訴猶予処分となつたとはいえ、右委員会の活動に関して法律違反の具体的な越軌行為がある以上、公社職員として稼働させた場合、前記のような近畿電通局管内の局所における過激な越軌行為を繰り返した反戦系グループに属するとみられる公社職員らに同調し、そのため職場の秩序が乱され業務が阻害される具体的な危険性があると判断したことは首肯でき、かつ、被告公社が公共性、社会性の強い企業体であることを考え合せると、被告が原告は公社見習社員としての適格性に欠けると判断したことは不当とはいえず、客観的な事実に基づく合理的な範囲内のものといえる。少くとも原告には被告公社見習社員としての適格性を欠くと疑うに足りる相当な理由があつたと言うべきである。そして、原告についての右のような適格性の欠如は、原告の公社見習社員となるべき期待的地位を剥奪するのを正当とするだけの合理的理由がある場合に当り、被告のなした前記の本件採用取消は正当な事由に基づくものと認めるのが相当であり、これにより本件始期付見習社員契約は適法に解約されたものといわざるをえない。

5(一)  原告は、昭和四四年一〇月三一日の大阪鉄道管理局前での集会への参加は私生活上のことであり、原告を逮捕したのは交通規制に名をかりた不当なものであり、事案も軽微で可罰的違法性のないものであり、原告の採用後の職種(末端の機械的労働)からして、右事実は適格性の有無に影響を及ぼすものではない旨主張する。

原告が右集会に参加し、無届デモをなしたとして道路交通法、大阪市公安条例違反の現行犯として逮捕された事案が、可罰的違法性のないものとはにわかに断定し難いが、起訴猶予処分になつたことからみて、これを軽微と評価できなくはなく、また私生活上の行為であることはいうまでもない。けれども、被告としては原告が一連の非合法活動を誇示する反戦青年委員会に属していると考えていたこと、現に当時、被告公社内において反戦系グループに属するとみられる職員の越軌行為が繰り返されて職場の秩序が乱れ業務が阻害されていたことと併せて、たとえ私生活上の行為で軽微とはいえ、法令違反と認められるような具体的行為に及んだ原告が、将来公社職員となつたときには越軌行為をなす虜れがあり、そのときは公社の公共的性格からして職場の秩序が乱されたり業務が阻害される危険があるとして、原告の適格性に疑問を持ち、適格性なしと判断したことは、やむをえないものと考える。このことは、原告の採用予定職種が非管理的な機械職であるとしても特に変りはない。原告の右主張は理由がない。

(二)  原告は、豊能地区反戦は昭和四四年九月に分裂し、原告の属しない過激派が非合法活動を誇示しているにすぎないのに、原告も右過激派に属するとし、また原告とは何ら関係のない公社内の反戦グループにも原告が関係を持つと類推し、原告がこれら過激なグループと同調して業務阻害行為を繰り返すとしたのは不当な類推、独断であつて、これを採用取消の事由とすることは許されないと主張する。

〈証拠省略〉からして、前認定のように昭和四四年九月に豊能地区反戦が分裂した以後は、原告は過激派の方には属していなかつたことが一応認められ、また、原告と前認定の公社内の反戦グループと関連があると認めるべき直接的な資料もない。

ところで、前記のように分裂後の過激派のグループは、過激な内容の「豊能反戦ニユース」なるものを相当回数配布しているのに、原告の属するという他のグループがその主張を明確にし、これを宣伝するような活動をしたと認められるものはない(原告本人は、「豊能反戦通信」なるビラを配布したと供述するが、そのような物は一枚も証拠として提出されないし、後記のように右の過激派に属さないグループはその活動を休止する状態にあつたことから、原告の右供述は信用できない)のであり、分裂後の両派の間で対立抗争があつたとか、所属員の囲い込みが行われたというような事実は何ら認められないのであり、又、分裂後においても両派が同一の名称を用いて活動していたということも不自然である。そして〈証拠省略〉によると、右分裂後、過激派に属するグループは他の過激な反戦グループとともに大阪地区反戦連絡会議を結成(昭和四四年一一月)して過激な活動を続けて行つたが、非過激的なグループの方は特段の活動もないまま、翌四五年に入るとその上部組織である全大阪反戦青年委員会の活動停止とともに、その活動を停止してしまつた事実が認められる。このような状況の下において、原告は、前記のように大阪鉄道管理局前の集会に参加したものであり、〈証拠省略〉によれば、右集会は、国労、動労の機関助手廃止、五万人合理化計画等反対闘争の一環として右労組が行つたものであり、原告は右労組からの要請があつたわけでもないのに豊能地区反戦の者達と共にこれに参加し、この際前記のような越軌行動に及んだこと、右集会には他にも反戦系の過激派グールプも参加していたことが認められ、また、前記万国博会場中央口駅附近の集会についても、〈証拠省略〉によれば、原告は、当日、大阪城公園における労働者、学生らの集会に参加し、この集会での万国博粉砕の呼びかけに応じて万国博会場中央口駅附近での坐り込み等に参加すべく行つたところ、たまたま周辺が混雑していたため坐り込みの集団の中へ入ることができずにいる間に、前認定のように警察官による検挙活動が開始されたため、原告としては検挙を免れる結果となつたこと、右の万国博会場中央口駅附近の坐り込みはもとより、大阪城公園における集会にも反戦系の過激派グループに属する者達が多数参加していたことが認められる。右のような事実関係や、豊能地区反戦なるものが元来それほど統制のとれた強固な組織ではなかつたこと(この点は原告本人の供述により認められる)などを考え合せてみると、前記の豊能地区反戦の分裂なるものは、原告が主張するように明確に過激派と穏健派とが対抗して分裂したというよりも、むしろ、同反戦内の過激な行動を主張する派が主導権を握り、同反戦として過激な行動へと進んで行つたもので、そのような過激な行動について行けない者が残されて結果的に分裂という形態になつたと認められないことはなく、このような状況の下において原告のなした前記のような集会への参加、参加の際の行動からすると、原告は右分裂後の過激派グループに積極的に参加していなかつたとしても、これらのグループとの関係を完全に絶つていたかどうかは疑問であり、両者の間に内的関連性ないし協働関係が全く無かつたとはにわかに断じ難いといわざるをえない。しかのみならず、原告の主張によるも、分裂後の原告の属した派といえども、職場におけるストライキ等を中心とした反戦運動(生産点闘争)を標榜するものであるところ、このような運動を標榜する原告ないしその属するグループと、当時、前記のように近畿電通局管内の局所において非合法なスト等をも含む闘争を行つた被告公社内の反戦系とみられる職員との間に何らかの関係があるのではないかとの疑問が生じるのは自然である。そして、原告は軽微とはいえ現実に具体的な越軌行動に及んでいるのであるから、これらのことを総合してみると、被告において原告を就労させた場合には公社内の反戦系とみられる職員らと同調して越軌行為に及び職場の秩序を乱し、業務を阻害する具体的な危険があると判断したことは、結局において当をえないものとはいえず、少くとも原告については右のような危険があると疑うに足る相当な理由があつたというべきである。したがつて、原告が公社見習社員としての適格性を欠くものとした被告の判断は結局において是認することができる。原告の前記主張は理由がない。

(三)  原告は、本件採用取消は原告が豊能地区反戦青年委員会に所属していたことを理由とするもので、政治的信条による差別取扱いであり、憲法一四条、労基法三条に違反すると主張する。

しかしながら、前記のとおり、本件採用取消は、原告が右団体に所属しているというだけの理由からなされたものでなく、右団体が非合法活動を誇示するものであり、原告が右団体の構成員として大阪鉄道管理局前の集会に参加し無届デモを指揮し、軽微とはいえ法令違反の具体的越軌行為をなしたことからして、被告公社の見習社員として稼働させた場合、当時公社内で過激な越軌行動を繰り返していた反戦グループに同調して職場の秩序を乱し業務を阻害する具体的な危険性があり、見習社員として適格性を欠くことを理由としてなされたものであり、右の判断の首肯しうることは既述のとおりである。したがつて、右は原告の思想、信条を理由としてなされたものとはいえず、他に原告の右主張を認めることができるような資料もない。してみると、その余の判断をするまでもなく、原告の右主張は理由がない。

(四)  また、原告は、前記の万国博会場中央口駅附近の集会参加を採用取消理由とすることは不当であると主張する。

原告の右集会参加の事実関係は前認定のとおりであり、原告が右に関連して検挙されたこともないのであるから、大阪鉄道管理局前の集会におけるよりも、原告のかかわり合いは少いといえるのみならず、〈証拠省略〉の記載からして、被告が本件採用取消通知をなした当時、右事実を知つていたか否かは疑問があり、仮に右取消通知後にこれを知るに至つたものであれば、この事実を後になつて取消事由として追加することは許されないところである。しかし、右事実関係を考慮しなくても、被告が原告を公社見習社員としての適格性がないものと判断したことは首肯でき、本件採用取消が是認できることは、上来説明したところから明らかであるし、また、右万国博中央口附近の集会に関する前に認定した事実関係からして、原告の右適格性判断について右事実が原告に有利に作用するものでもない。したがつて、原告の右主張を考慮しても、前記認定判断を左右しえない。

(昭和四九年(ワ)第九四七号事件について)

被告公社が右事件の請求原因として主張する事実は当事者間に争いない事実であり、この事実によれば、原告が仮処分事件第一審判決に勝訴した結果、賃金として被告から受領した金員は、右第一審判決を取消し原告の右仮処分申請を却下する旨の第二審判決が確定し、かつ原告が被告公社の職員として稼働した事実も無いのであるから、結局は法律上の原因なくして被告から利得し、被告に同額の損害を与えたものと言わざるをえない。したがつて、原告は被告に対し右賃金として受領したと同額の金員及びこれに対する被告が請求する時期(いずれも第二審判決確定後である)以降の民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

(結論)

そうすると、原告と被告間の昭和四五年四月一日を効力発生の始期とする本件見習社員契約は、同年三月二〇日付の取消通知により適法に解約されたものというべきであるから、右契約が有効に存続していることを前提とする原告の被告公社従業員たる地位確認及び賃金支払請求(昭和四九年(ワ)第一、八六三号事件の請求)は全部理由がないから棄却すべきであり、被告の原告に対する不当利得金返還請求(昭和四九年(ワ)第九四七号事件の請求)は全部理由があるから認容すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行宣言につき同法一九六条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井玄 東修三 田中亮一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例